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論語 巻之三 - 古典を読もう

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論語 巻之三 目次

  1. 公冶長第五
  2. 雍也第六

公冶長第五

原 文





子謂公冶長可妻也。雖在縲絏之中。非其罪也。以其子妻之。子謂南容邦有道不廢。邦無道免於刑戮。以其兄之子妻之。

子謂子賤君子哉。若人。魯無君子者。斯焉取斯。

子貢問曰。賜也何如。子曰。女器也。曰。何器也。曰。瑚璉也。

或曰。雍也。仁而不佞。子曰。焉用佞禦人以口給屢憎於人。不知其仁。焉用佞。

子使漆雕開仕。對曰。吾斯之未能信。子說。

子曰。道不行。乘桴浮于海。從我者。其由與。子路聞之喜。子曰。由也好勇過我。無所取材。

孟武伯問。子路仁乎。子曰。不知也。又問。子曰。由也千乘之國。可使治其賦也。不知其仁也。求也何如。子曰。求也千室之邑百乘之家。可使爲之。宰也。不知其仁也。赤也何如。子曰。赤也束帶立於朝。可使與賓客言也。不知其仁也。

子謂子貢曰。女與囘也孰愈。對曰。賜也何敢望囘。囘也聞一以知十。賜也聞一知二。子曰。弗如也。吾與女弗如也。

宰予晝寢。子曰。朽木不可雕也。糞土之牆。不可杇也。於予與何誅。子曰。始吾於人也。聽其言。而信其行。今吾於人也。聽其言而觀其行於予與改是。

子曰。吾未見剛者。或對曰。申棖。子曰。棖也慾。焉得剛。

子貢曰。我不欲人之加諸我也。吾亦欲無加諸人。子曰。賜也。非爾。所及也。

子貢曰。夫子之文章。可得而聞也。夫子之言性與天道。不可得而聞也。

子路有聞。未之能行。唯恐有聞。

子貢問曰。孔文子何以謂之文也。子曰。敏而好學。不恥下問。是以謂之文也。

子謂子產。有君子之道四焉。其行己也恭。其事上也敬。其養民也惠。其使民也義。

子曰。晏平仲善與人交。久而敬之。

子曰。臧文仲居蔡。山節藻梲。何如其知也。

子張問曰。令尹子文。三仕爲令尹無喜色。三已之無慍色。舊令尹之政。必以告新令尹。何如。子曰。忠矣。曰。仁矣乎。曰。未知。焉得仁。崔子弑齊君。陳文子有馬十乘。棄而違之。至於他邦。則曰。猶吾大夫崔子也。違之。之一邦。則又曰。猶吾大夫崔子也。違之。何如。子曰。淸矣。曰。仁矣乎。曰。未知。焉得仁。

季文子三思而後行。子聞之曰。再斯可矣。

子曰。寗武子邦有道則知。邦無道則愚。其知可及也。其愚不可及也。

子在陳曰。歸與歸與。吾黨之小子狂簡。斐然成章。不知所以裁之。

子曰。伯夷叔齊。不念舊惡。怨是以希。

子曰。孰謂微生高直。或乞醯焉。乞諸其鄰而與之。

子曰。巧言令色。足恭。左丘明恥之。丘亦恥之。匿怨而友其人。左丘明恥之。丘亦恥之。

顏淵季路侍。子曰。盍各言爾志。子路曰。願車馬衣輕裘。與朋友共。敝之而無憾。顏淵曰。願無伐善。無施勞。子路曰。願聞子之志。子曰。老者安之。朋友信之少者懷之。

子曰。已矣乎。吾未見能見其過。而内自訟者也。

子曰。十室之邑。必有忠信如丘者焉。不如丘之好學也。


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訓 読

公冶長第五(こうやちょう)

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(し)、公冶長(こうやちょう)を謂(い)う。妻(めあ)わす可(べ)きなり。縲絏(るいせん)の中(うち)に在(あ)りと雖(いえど)も其(そ)の罪(つみ)に非(あら)ざるなり。其(そ)の子(こ)を以(もつ)て之(これ)に妻(めあ)わす。子(し)、南容(なんよう)を謂(い)う。邦(くに)(みち)(あ)れば廃(す)てられず。邦(くに)(みち)(な)きも刑戮(けいりく)を免(まぬが)る。其(そ)の兄(あに)の子(こ)を以(もつ)て之(これ)に妻(めあ)わす。

(し)、子賤(しせん)を謂(い)う。君子(くんし)の若(ごと)き人(ひと)。魯(ろ)に君子(くんし)(な)くば、斯(こ)れ焉(いずく)んぞ斯(これ)を取(と)らん。

子貢(しこう)(と)うて曰(いわ)く、賜(し)や何如(いかん)。子(し)(いわ)く、女(なんじ)は器(き)なり。曰(いわ)く、何(なん)の器(き)ぞ。曰(いわ)く、瑚璉(これん)なり。

(ある)ひと曰(いわ)く、雍(よう)は仁(じん)にして佞(わい)ならず。子(し)(いわ)く、焉(いずく)んぞ佞(わい)を用いん。人(ひと)に禦(あた)るに口給(こうきゅう)を以(もつ)てせば、屢(しばしば)(ひと)に憎(にく)まる。其(そ)の仁(じん)を知(し)らず。焉(いずく)んぞ佞(わい)を用(もち)いん。

(し)、漆雕開(しっちょうかい)をして仕(つか)えしめんとす。対(こた)えて曰(いわ)く、吾(われ)(これ)を之(こ)れ未(いま)だ信(しん)ずるに能(あた)わず。子(し)(よろこ)ぶ。

(し)(いわ)く、道(みち)(おこな)われず。桴(いかだ)に乗(の)りて海(うみ)に浮(う)かばん。我(われ)に従(したが)う者(もの)は、其(そ)れ由(ゆう)か。子路(しろ)(こ)れを聞(き)き喜(よろこ)ぶ。子(し)(いわ)く、由(ゆう)や勇(ゆう)を好(この)むこと我(われ)に過(す)ぐ。取(と)り材(はか)る所(ところ)(な)し。

孟武伯(もうぶはく)(と)う。子路(しろ)(じん)なりや。子(し)(いわ)く、知(し)らざるなり。又(また)(と)う。子(し)(いわ)く。由(ゆう)は千乗(せんじょう)の国(くに)(そ)の賦(ふ)を治(おさ)めしむ可(べ)し。其(そ)の仁(じん)を知(し)らざるなり。求(きゅう)は何如(いかん)。子(し)(いわ)く。求(きゅう)は千室(せんしつ)の邑(ゆう)、百乗(ひゃくじょう)の家(いえ)、之(これ)が宰(さい)たらしむ可(べ)し。其(そ)の仁(じん)を知(し)らざるなり。赤(せき)は何如(いかん)。子(し)(いわ)く。赤(せき)は束帯(そくたい)して朝(ちょう)に立(た)ち、賓客(ひんかく)と言(い)はしむ可(べ)し。其(そ)の仁(じん)を知(し)らず。

(し)、子貢(しこう)に謂(い)って曰(いわ)く、女(なんじ)(かい)と孰(いず)れか愈(まさ)れる。対(こた)えて曰(いわ)く。賜(し)は何(なん)ぞ敢(あ)えて回(かい)を望(のぞ)まん。回(かい)は一(いち)を聞(き)きて以(もつ)て十(じゅう)を知(し)る。賜(し)は一(いち)を聞(き)きて二(に)を知(し)る。子(し)(いわ)く。如(し)かざるなり。吾(われ)(なんじ)が如(し)かざるを与(ゆ)るす。

宰予(さいよ)昼寝(ひるね)たり。子(し)(いわ)く。朽(く)ちたる木(き)は雕(え)る可(べ)からず。糞土(ふんど)の牆(しょう)は、杇(お)す可(べ)からず。予(よ)に於(お)いてか何(なん)ぞ誅(せ)めん。子(し)(いわ)く。始(はじ)め吾(われ)(ひと)に於(お)けるや、其(そ)の言(げん)を聴(き)きて、其(そ)の行(おこな)いを信(しん)ず。今(いま)(われ)(ひと)に於(お)けるや、其(そ)の言(げん)を聴(き)きて其(そ)の行(おこな)いを観(み)る。予(よ)に於(お)いてか是(これ)を改(あらた)めん。

(し)(いわ)く。吾(われ)(いま)だ剛者(ごうしゃ)を見(み)ず。或(ある)ひと対(こた)えて曰(いわ)く。申棖(しんとう)と。子(し)(いわ)く。棖(とう)は慾(よく)なり。焉(いずく)んぞ剛(ごう)なるを得(え)ん。

子貢(しこう)(いわ)く。我(われ)(ひと)の諸(これ)を我(われ)に加(くわ)えんことを欲(ほつ)せず。吾(われ)も亦(また)(これ)を人(ひと)に加(くわ)うること無(な)からんと欲(ほつ)す。子(し)(いわ)く。賜(し)や、爾(なんじ)が及(およ)ぶ所(ところ)に非(あら)ざるなり。

子貢(しこう)(いわ)く。夫子(ふうし)の文章(ぶんしょう)、得(え)て聞(き)く可(べ)し。夫子(ふうし)の性(せい)と天道(てんどう)とを言(い)うは、得(え)て聞(き)く可(べ)からず。

子路(しろ)(き)くこと有(あ)りて、未(いま)だ之(これ)を行(おこな)う能(あた)わず、唯(た)だ聞(き)くこと有(あ)らんことを恐(おそ)る。

子貢(しこう)(と)うて曰(いわ)く。孔文子(こうぶんし)(なに)(もつ)て之(これ)を文(ぶん)と謂(い)うや。子(し)(いわ)く。敏(びん)にして学(がく)を好(この)み、下問(かもん)を恥(はじ)ず。是(こ)れ以(もつ)て之(これ)を文(ぶん)と謂(い)うなり。

(し)、子産(しさん)を謂(い)う。君子(くんし)の道(みち)(よつ)つ有(あ)り。其(そ)の己(おのれ)を行(おこな)うや恭(きょう)なり。其(そ)の上(かみ)に事(つか)うるや敬(けい)なり。其(そ)の民(たみ)を養(やしな)うや恵(けい)なり。其(そ)の民(たみ)を使(つか)うや義(ぎ)なり。

(し)(いわ)く。晏平仲(あんぺいちゅう)(よ)く人(ひと)と交(まじ)わり、久(ひさ)しくして之(これ)を敬(けい)す。

(し)(いわ)く。臧文仲(ぞうぶんちゅう)(さい)を居(お)けり。節(せつ)に山(やま)して、梲(せつ)に藻(も)せり。何如(いかん)ぞ其(そ)れ知(ち)ならん。

子張(しちょう)(と)うて曰(いわ)く。令尹(れいいん)子文(しぶん)、三(み)たび仕(つか)えて令尹(れいいん)と為(な)るも喜色(きしょく)(な)し。三(み)たび之(これ)を已(や)めらるるも慍色(うんしょく)(な)し。旧令尹(きゅうれいいん)の政(まつりごと)は、必(かなら)ず以(もつ)て新令尹(しんれいいん)に告(つ)ぐ。何如(いかん)。子(し)(いわ)く。忠(ちゅう)なり。曰(いわ)く。仁(じん)なるか。曰(いわ)く。未(いま)だ知(し)らず。焉(いずく)んぞ仁(じん)なるを得(え)ん。崔子(さいし)、斉(せい)の君(きみ)を弑(しい)す。陳文子(ちんぶんし)、馬(うま)十乗(じゅうじょう)(あ)れども、棄(す)てて之(これ)を違(き)る。他邦(たほう)に至(いた)りて則(すなわ)ち曰(いわ)く、猶(な)お吾(わ)が大夫崔子(たいふさいし)のごとしか。之(これ)を違(き)る。一邦(いつぽう)に之(ゆ)きて、則(すなわ)ち又(また)(いわ)く。猶(な)お吾(わ)が大夫崔子(たいふさいし)のごとしか。之(これ)を違(き)る。何如(いかん)。子(し)(いわ)く。清(せい)なり。曰(いわ)く、仁(じん)なるか。曰(いわ)く。未(いま)だ知(し)らず。焉(いずく)んぞ仁(じん)なるを得(え)ん。

季文子(きぶんし)、三(み)たび思(おも)うて後(のち)に行(おこな)う。子(し)、之(これ)を聞(き)き曰(いわ)く。再(ふたた)びせば斯(こ)れ可(か)なり。

(し)(いわ)く。寗武子(ねいぶし)、邦(くに)に道(みち)(あ)れば則(すなわ)ち知(ち)なり。邦(くに)に道(みち)(な)ければ則(すなわ)ち愚(ぐ)なり。其(そ)の知(ち)は及(およ)ぶ可(べ)きも、其(そ)の愚(ぐ)には及(およ)ぶ可(べ)からず。

(し)、陳(ちん)に在(あ)りて曰(いわ)く。帰(かえ)らんか、帰(かえ)らんか。吾(わ)が党(とう)の小子(しょうし)、狂簡(きょうかん)にして斐然(ひぜん)として章(しょう)を成(な)す。之(これ)を栽(さい)する所以(ゆえん)を知(し)らず。

(し)(いわ)く。伯夷叔齊(はくいしゅくせい)、旧悪(きゅうあく)を念(おも)わず。怨(うらみ)(ここ)を以(もつ)て希(き)なり。

(し)(いわ)く。孰(た)れか微生高(びせいこう)を直(ちょく)なりと謂(い)う。或(ある)ひと醯(す)を乞(こ)う。諸(こ)れを其(そ)の隣(となり)に乞(こ)うて之(こ)れに与(あた)う。

(し)(いわ)く。巧言令色(こうげんれいしょく)、足恭(すうきょう)なるは、左丘明(さきゅうめい)(これ)を恥(は)ず。丘(きゅう)(また)(これ)を恥(は)ず。怨(うらみ)を匿(かく)して其(そ)の人(ひと)を友(とも)とするは、左丘明(さきゅうめい)(これ)を恥(は)ず。丘(きゅう)(また)(これ)を恥(は)ず。

顏淵(がんえん)季路(きろ)(じ)す。子(し)(いわ)く。各(おのおの)(なんじ)の志(こころざし)を言(い)うは盍(なん)ぞ。子路(しろ)(いわ)く。願(ねが)はくは車馬衣軽裘(しゃばいけいきゅう)を、朋友(ほうゆう)と共(とも)に、之(これ)を敝(やぶ)りて憾(うらみ)(な)し。顏淵(がんえん)(いわ)く。願(ねが)わくは善(ぜん)に伐(ほこ)ること無(な)けん。労(ろう)を施(おお)すこと無(な)し。子路(しろ)(いわ)く。願(ねが)わくは子(し)の志(こころざし)を聞(き)かん。子(し)(いわ)く。老者(ろうしゃ)(これ)に安(やす)んぜられ、朋友(ほうゆう)(これ)に信(しん)ぜられ、少者(しょうしゃ)(これ)に懐(なつか)われん。

(し)(いわ)く。已(や)みなん。吾(われ)(いま)だ能(よ)く其(そ)の過(あやま)ちを見(み)て内(うち)に自(みずか)ら訟(せ)むる者(もの)を見(み)ず。

(し)(いわ)く。十室(じつしつ)の邑(ゆう)、必(かなら)ず忠信(ちゅうしん)なること丘(きゅう)の如(ごと)き者(もの)(あ)らん。丘(きゅう)の学(がく)を好(この)むに如(し)かず。

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雍也第六

原 文






子曰。雍也可使南面。仲弓問子桑伯子。子曰。可也簡。仲弓曰。居敬而行簡。以臨其民。不亦可乎。居簡而行簡。無乃大簡乎。子曰。雍之言然。

哀公問。弟子孰爲好學。孔子對曰。有顏囘者。好學。不遷怒。不貳過。不幸短命死矣。今也則亡。未聞好學者也。

子華使於齊。冉子爲其母請粟。子曰。與之釜。請益。曰。與之庾。冉子與之粟五秉。子曰。赤之適齊也。乘肥馬。衣輕裘。吾聞之也。君子周急。不繼富。原思爲之宰。與之粟九百辭。子曰。毋。以與爾鄰里郷黨乎。

子謂仲弓曰。犁牛之子。騂且角。雖欲勿用。山川其舍諸。

子曰。囘也。其心三月不違仁。其餘則日月至焉而已矣。

季康子問。仲由可使從政也與。子曰。由也果。於從政乎何有。曰。賜也可使從政也與。曰。賜也達。於從政乎何有。曰。求也可使從政也與。曰。求也藝。於從政乎何有。

季氏使閔子騫爲費宰。閔子騫曰。善爲我辭焉。如有復我者。則吾必在汶上矣。

伯牛有疾。子問之。自牖執其手。曰。亡之。命矣夫。斯人也而有斯疾也。斯人也而有斯疾也。

子曰。賢哉囘也。一簞食。一瓢飮。在陋巷。人不堪其憂。囘也不改其樂。賢哉囘也。

冉求曰。非不說子之道。力不足也。子曰。力不足者。中道而廢。今女畫。

子謂子夏曰。女爲君子儒。無爲小人儒。

子游爲武城宰。子曰。女得人焉爾乎。曰。有澹臺滅明者。行不由徑。非公事。未嘗至於偃之室也。

子曰。孟之反不伐。奔而殿。將入門。策其馬曰。非敢後也。馬不進也。

子曰。不有祝鮀之佞。而有宋朝之美。難乎免於今之世矣。

子曰。誰能出不由戶。何莫由斯道也。

子曰。質勝文則野。文勝質則史。文質彬彬。然後君子。

子曰。人之生也直。罔之生也。幸而免。

子曰。知之者。不如好之者。好之者。不如樂之者。

子曰。中人以上。可以語上也。中人以下。不可以語上也。

樊遲問知。子曰。務民之義。敬鬼神而遠之。可謂知矣。問仁。曰。仁者先難而後獲。可謂仁矣。

子曰。知者樂水。仁者樂山。知者動。仁者靜。知者樂。仁者壽。

子曰。齊一變。至於魯。魯一變。至於道。

子曰。觚不觚。觚哉。觚哉。

宰我問曰。仁者雖告之曰井有仁焉。其從之也。子曰。何爲其然也。君子可逝也。不可陷也。可欺也。不可罔也。

子曰。君子博學於文。約之以禮。亦可以弗畔矣夫。

子見南子。子路不說。夫子矢之曰。予所否者。天厭之。天厭之。

子曰。中庸之爲德也。其至矣乎。民鮮久矣。

子貢曰。如有博施於民。而能濟衆。何如。可謂仁乎。子曰。何事於仁。必也聖乎。堯舜其猶病諸。夫仁者。己欲立而立人。己欲達而達人。能近取譬。可謂仁之方也已。

論語巻之三 終


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訓 読

雍也第六(ようや)

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(し)(いわ)く。雍(よう)は南面(なんめん)せしむ可(べ)し。仲弓(ちゅうきゅう)、子桑伯子(しそうはくし)を問(と)う。子(し)(いわ)く。可(か)なり、簡(かん)なり。仲弓(ちゅうきゅう)(いわ)く。敬(けい)に居(い)て簡(かん)を行(おこな)い、以(もつ)て其(そ)の民(たみ)に臨(のぞ)む。亦(また)(か)ならずや。簡(かん)に居(い)て簡(かん)を行(おこな)う。乃(すなわ)ち大簡(たいかん)なる無(な)からんか。子(し)(いわ)く。雍(よう)の言(げん)(しか)り。

哀公(あいこう)(と)う。弟子(ていし)(た)れか学(がく)を好(この)むと為(な)す。孔子(こうし)(こた)えて曰(いわ)く。顏回(がんかい)なる者(もの)(あ)り。学(がく)を好(この)む。怒(いか)りを遷(うつ)さず。過(あやま)ちを弐(ふた)たびせず。不幸短命(ふこうたんめい)にして死(し)す。今(いま)は則(すなわ)ち亡(な)し。未(いま)だ学(がく)を好(この)む者(もの)を聞(き)かざるなり。

子華(しか)、斉(せい)に使(つか)いす。冉子(ぜんし)、其(そ)の母(はは)の為(ため)に粟(ぞく)を請(こ)う。子(し)(いわ)く。之(これ)に釜(ふ)を与(あた)えよ。益(えき)を請(こ)う。曰(いわ)く。之(これ)に庾(ゆ)を与(あた)えよ。冉子(ぜんし)、之(これ)に粟(ぞく)五秉(ごへい)を与(あた)う。子(し)(いわ)く。赤(せき)の斉(せい)に適(い)くや、肥馬(ひば)に乗(の)り、軽裘(けいきゅう)を衣(き)たり。吾(わ)れ之(これ)を聞(き)く。君子(くんし)(きゅう)を周(すく)いて富(と)めるに継(つ)かず。原思(げんし)(これ)が宰(さい)と為(な)る。之(これ)に粟(ぞく)九百(きゅうひゃく)を与(あた)う、辞(じ)す。子(し)(いわ)く。毋(なか)れ以(もつ)て爾(なんじ)が隣里(りんり)郷党(きょうとう)に与(あた)えんか。

(し)、仲弓(ちゅうきゅう)を謂(いつ)て曰(いわ)く。犁牛(りぎゅう)の子(こ)。騂(あか)くして且(か)つ角(つの)あらば、用(もち)うること勿(なか)らんと欲(ほつ)すと雖(いえ)ども、山川(さんせん)(そ)れ諸(これ)を舍(すて)んや。

(し)(いわ)く。回(かい)は其(そ)の心(こころ)三月(さんげつ)(じん)に違(たが)わず。其(そ)の余(よ)は則(すなわ)ち日(ひ)に月(つき)に至(いた)るのみ。

季康子(きこうし)(と)う。仲由(ちゅうゆう)(まつりごと)に従(したが)わしむ可(べ)きか。子(し)(いわ)く。由(ゆう)は果(か)なり。政(まつりごと)に従(したが)うに於(お)いて何(なに)か有(あ)らん。曰(いわ)く。賜(し)は政(まつりごと)に従(したが)わしむ可(べ)きか。曰(いわ)く。賜(し)は達(たつ)なり。政(まつりごと)に従(したが)うに於(お)いて何(なに)か有(あ)らん。曰(いわ)く。求(きゅう)は政(まつりごと)に従(したが)わしむ可(べ)きか。曰(いわ)く。求(きゅう)は芸(げい)なり。政(まつりごと)に従(したが)うに於(お)いて何(なに)か有(あ)らん。

季氏(きし)、閔子騫(びんしけん)を費(ひ)の宰(さい)と為(な)さしむ。閔子騫(びんしけん)(いわ)く。善(よ)く我(わが)(ため)に辞(じ)せよ。如(も)し我(われ)を復(ふく)する者(もの)(あ)らば、則(すなわ)ち吾(わ)れ必(かなら)ず汶(ぶん)の上(ほとり)に在(あ)らん。

伯牛(はくぎゅう)(やまい)(あ)り。子(し)(これ)を問(と)いて、窓(まど)より其(そ)の手(て)を執(と)りて曰(いわ)く。之(これ)を亡(うしな)わん命(めい)なるか。斯(こ)の人にして斯(こ)の疾(やまい)(あ)り。斯(こ)の人(ひと)にして斯(こ)の疾(やまい)(あ)り。

(し)(いわ)く。賢(けん)なるかな回(かい)。一簞(いつたん)の食(し)。一瓢(いつぴょう)の飲(いん)。陋巷(ろうこう)に在(あ)りて、人(ひと)は其(そ)の憂(うれ)いに堪(た)えず。回(かい)は其(そ)の楽(たの)しみを改(あらた)めず。賢(けん)なるかな回(かい)

冉求(ぜんきゅう)(いわ)く。子(し)の道(みち)を説(よろこ)ばざるに非(あら)ず。力(ちから)(た)らざるなり。子(し)(いわ)く。力(ちから)(た)らざる者(もの)、中道(ちゅうどう)にして廃(はい)す。今(いま)(なん)じ画(かぎ)れり。

(し)、子夏(しか)に謂(いつ)て曰(いわ)く。女(なん)じ君子(くんし)の儒(じゅ)と為(な)れ。小人(しょうじん)の儒(じゅ)と為(な)ること無(な)かれ。

子游(しゆう)、武城(ぶじょう)の宰(さい)と為(な)る。子(し)(いわ)く。女(なん)じ人(ひと)を得(え)たりや。曰(いわ)く。澹台滅明(たんだいめつめい)なる者(もの)(あ)り。行(ゆ)くに径(みち)に由(よ)らず、公事(こうじ)に非(あら)ざれば、未(いま)だ嘗(かつ)て偃(えん)の室(しつ)に至(いた)らざるなり。

(し)(いわ)く。孟之反(もうしはん)(ほこ)らず。奔(はし)りて殿(でん)し、将(まさ)に門(もん)に入(い)らんとす。其(そ)の馬(うま)に策(むち)うちて曰(いわ)く。敢(あえ)て後(おく)るるに非(あら)ず。馬(うま)(すす)まざればなり。

(し)(いわ)く。祝鮀(しゅくだ)の佞(ねい)(あ)りて、宋朝(そうちょう)の美(び)(び)らざれば、難(かた)いかな。今(いま)の世(よ)に免(まぬが)れんこと。

(し)(いわ)く。誰(たれ)か能(よ)く出(い)づるに戸(こ)に由(よ)らざらん。何(なん)ぞ斯(こ)の道(みち)に由(よ)ること莫(な)き。

(し)(いわ)く。質(しつ)、文(ぶん)に勝(まさ)るは則(すなわ)ち野(や)なり。文(ぶん)、質(しつ)に勝(まさ)るは則(すなわ)ち史(し)なり。文(ぶん)(しつ)彬彬(ひんびん)として、然(しか)して後(のち)君子(くんし)なり。

(し)(いわ)く。人(ひと)の生(せい)は直(ちょく)なり。之(これ)を罔(な)いて生(い)きるは、幸(さいわ)いにして免(まぬが)るるなり。

(し)(いわ)く。之(これ)を知(し)る者(もの)、之(これ)を好(この)む者(もの)に如(し)かず。之(これ)を好(この)む者(もの)は、之(これ)を楽(たの)しむ者(もの)に如(し)かず。

(し)(いわ)く。中人(ちゅうじん)以上(いじょう)は、以(もつ)て上(じょう)を語(つ)ぐる可(べ)し。中人(ちゅうじん)以下(いか)は、以(もつ)て上(じょう)を語(つ)ぐる可(べ)からざるなり。

樊遅(はんち)、知(ち)を問(と)う。子(し)(いわ)く。民(たみ)の義(ぎ)を務(つと)め、鬼神(きしん)を敬(けい)して之(これ)を遠(とお)ざける。知(ち)と謂(い)う可(べ)し。仁(じん)を問(と)う。曰(いわ)く。仁(じん)は難(かた)きを先(さき)んじて獲(う)るを後(あと)にす。仁(じん)と謂(い)う可(べ)し。

(し)(いわ)く。知者(ちしゃ)は水(みず)を楽(たの)しむ。仁者(じんしゃ)は山(やま)を楽(たの)しむ。知者(ちしゃ)は動(うご)き、仁者(じんしゃ)(しず)かなり。知者(ちしゃ)は楽(たの)しみ。仁者(じんしゃ)寿(いのち)ながし。

(し)(いわ)く。斉(せい)(ひと)たび変(へん)せば、魯(ろ)に至(いた)らん。魯(ろ)(ひと)たび変(へん)せば、道(みち)に至(いた)らん。

(し)(いわ)く。觚(こ)、觚(こ)ならず。觚(こ)ならんや。觚(こ)ならんや。

宰我(さいが)(と)うて曰(いわ)く。仁者(じんしゃ)(これ)に告(つ)げて井(せい)に仁(じん)(あ)りと曰(い)うと雖(いえ)ども、其(そ)れ之(これ)に従(したが)わんや。子(し)(いわ)く。何為(なんす)れぞ、其(そ)れ然(しか)らん。君子(くんし)は逝(ゆ)かしむ可(べ)きも、陷(おとし)いる可(べ)からず。欺(あざむ)く可(べ)きも罔(し)う可(べ)からず。

(し)(いわ)く。君子(くんし)は博(ひろ)く文(ぶん)を学(まな)び、之(これ)を約(やく)するに礼(れい)を以(もつ)てす。亦(また)(もつ)て畔(そむ)かざる可(べ)きか。

(し)、南子(なんし)を見(まみ)ゆ。子路(しろ)(よろこ)ばず。夫子(ふうし)(これ)を矢(ちこ)うて曰(いわ)く。予(よ)が否(ひ)とする所(ところ)の者(もの)は、天(てん)(これ)を厭(た)たん。天(てん)(これ)を厭(た)たん。

(し)(いわ)く。中庸(ちゅうよう)の徳(とく)たる、其(そ)れ至(いた)れるか。民(たみ)(すくな)きこと久(ひさ)し。

子貢(しこう)(いわ)く。如(も)し博(ひろ)く民(たみ)に施(ほどこ)して、能(よ)く衆(しゅう)を済(すく)うこと有(あ)らば、何如(いかん)。仁(じん)と謂(い)う可(べ)きや。子(し)(いわ)く。何(なん)ぞ仁(じん)を事(こと)とせんや。必(かなら)ずや聖(せい)か。堯舜(ぎょうしゅん)も其(そ)れ猶(なお)(これ)を病(や)めり。夫(そ)れ仁者(じんしゃ)は、己(おのれ)(た)つと欲(ほつ)して人(ひと)を立(た)つ。己(おのれ)(たつ)せんと欲(ほつ)して人(ひと)を達(たつ)す。能(よ)く近(ちか)く譬(たとえ)を取(と)る。仁(じん)の方(ほう)と謂(い)う可(べ)きのみ。

論語(ろんご)、巻(かん)の三(さん) 終(お)わり

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